ある光
『信一傳』の香港での出版詳細が出ましたね。
余兒先生のTwitter(って一生言う)で紹介されていた公式コピーがすごくて頭抱えております。
沿路的建築吃掉白日,他卻始終是黑暗中的那道光。
沿道の建物が白昼を食いつぶしても、それでも彼は、暗闇に差すひと筋の光だった。
(出典:https://x.com/YUYI_0120/status/1924456694492586015)
すごい!!
公式が一番火力高い。
このキャッチフレーズは、『信一傳』の中で印象的に引用される以下の詩と呼応していると思った。これは意識的だと思うなあ。
驀然回首,那人卻在,燈火闌珊處。
ふと振り返ると、あの人が、ほのかな灯りの下で静かに佇んでいた。
(出典:「青玉案·元夕」辛棄疾)
私は寡聞にして知らなかったんですが、宋代の詩人・辛棄疾の作品で、元宵節(旧正月の締めくくりの灯りの祭)を背景にした恋の詩の一部とのこと。「祭りの熱狂と華やかさの中で“探し求めていた誰か”に出会えなかった。でも、ふと振り返ると、灯りの尽きかけた静かな場所にその人は立っていた」というような詩なんだとか。「求めていたものは、喧騒の中ではなく、最後の静けさの中にあった」的な、いわゆる幸せの青い鳥をドラマチックに描いた詩です(らしい)。ざっくり翻訳で全文を読んだけど、夢の中のような祭りのきらめきと色彩、そこにいない誰かを彷徨い求める心の対比、そして最後に祭りの喧騒から離れた静かで仄暗い場所にそっと佇む“あなた”へ視線が定まっていく流れが美しい詩だなと思いました。
そして、作中では信一が龍捲風を想うときに引用されるのだ……。どういうことですか。そういうことでいいんですか。
で、公式コピーとの対比ですが。
「華やかな元宵節(夜・祭・華やぐ街)の中、振り返ったら仄暗いところにいた“あの人”」
「建物が太陽を覆いつくす街(=九龍城砦)の中、暗闇の中に差した光のような“彼”」
真逆の表現でどっちも「わたしの光」を見つけた話してる……!!
つまり……
| 驀然回首,那人卻在,燈火闌珊處。 | 沿路的建築吃掉白日, 他卻始終是黑暗中的那道光。 |
| 信一→龍捲風 | 龍捲風→信一(仮) |
| 夜の情景 | 昼の情景 |
| 祭りの宵、浮ついた世界(華やかな風景=信一がそれまで借宿にしていた場所のメタファー) | 覆われる太陽、空を潰す建物(閉塞感ある風景=九龍城砦のメタファー) |
| 光あふれる中で、仄暗く照らされる“あの人” | 暗闇の中で、ひと筋の光のような“彼” |
| “あの人”の光=「燈火」、灯り、ともしび、light | “彼”の光=「那道光」、ひと筋の光、光線、ray |
| ずっと探していた人に出会えた =探しものの詩 | 最初からそうだった =発見の詩 |
う、美しい対比構造……!
そして詩でラブレターのキャッチボールしてる、この人たち……!!
最終的に『信一傳』のコピーをかみ砕くとこういうこと、なのでは……?
沿路的建築吃掉白日,他卻始終是黑暗中的那道光。
超意訳:
陽すら差さない九龍城砦で、
それでも俺にとって信一は、闇を裂く光だった。
すごい!!!!
追記:引用の詩の方は作中の流れとして「信一→龍捲風」と取るのが自然なので、コピーはその裏ということで「龍捲風→信一」と取ったけど、「他」は龍捲風にとっての信一であり、龍城幇にとっての信一であり、信一にとっての龍捲風……とも言えると思っている……!はあ……(嘆息)