彼方から
久々知 兵助殿
前略
久しぶりだが元気ですか。俺は元気です。
お前に文を書くなんて初めてだから、何を書こうか緊張して困る。変なことを書くかもしれないとあらかじめ断っておくな。だから、どうか柄にもないと笑ってくれるなよ。
今日雷蔵の処に寄ったら、お前が学園に戻るという話を聞かされました。俺がひどくびっくりしていたら雷蔵のほうが驚いていた。かれこれ半年会っていないと伝えると、横で黙って茶を飲んでいた三郎に馬鹿だと罵られました。あいつに馬鹿と言われるのはなんだか久しぶりのような気がして、懐かしがっていたら、さらに阿呆めと言って口をきいてくれなくなった。あいつも相変わらずのようです。と言っても、お前はお前で三郎たちとは会っているようだから知っているのかもしれないな。あいつらの勤め先はなんだか開けっ広げで居心地がいいものだから俺もつい長居してしまう。お互いの仕事柄それもどうかと思うんだけども。
そうそう、お前の話だった。学園に戻るとのこと。正直言って驚いた。教員になりたいだなんて話もお前はしていなかったし。でも思い返してみれば上級生に上がったあたりから学園長も木下先生もなにかとお前のことを気にかけていたように思います。雷蔵から、今回のことは学園長から是非にと乞われたらしいと聞きましたが。もしかしたら、まだ俺たちがあの学び舎にいた頃からこのことは秘密裏に動いていたんだろうか。あの狸爺たちめ。俺は、この五年間で学園にいた頃に比べてずっとずっと強くしたたかになったと思うけど、それでもあの学園の教師陣にはとても勝てる気がしない。なんだか情けないことだが、これが教師と生徒というものなのかもしれないな。お前がそんな先生たちの仲間入りをすると思うとおかしな感じです。でも心配はしていません。お前は真面目だし誠実だし、それに人に教えるのが上手いから、いい教員になると思う。いつかお前の教えた生徒が俺の後輩になったりするといいな。気が早いことだけど、そんな日を楽しみにしています。
兵助、元気か。いや、これはもう書いたよな。でも、やはり会えないとそのことが一番気にかかる。雷蔵が、兵助は自分を蔑ろにしすぎると怒っていました。会う度に傷が増えているとか。お前のことだから、命にかかわるようなへまは滅多なことじゃしないと信じているが、そんな話を聞くと俺も穏やかではいられない。(お前たまにちょっと抜けているからなあ)
お前は怒るかもしれないけど、本当のことを言うと俺はお前が学園に帰るという話を聞いたときちょっと安心したんだ。ただでさえこんな時代だし、俺たちが今いる場所はとても平坦とは言えない道だ。そこから少しでも平らかな場所へお前が移ってくれるということに、自分のことに頓着しないお前が、俺の知らない場所で一人死んでいくことを想像しなくてすむということにほっとした。同じ道を行くと決め、共に歩んできたのに今更こんなことを言ってごめん。俺よりずっと優秀なお前に言うことじゃないってわかってる。勝手を言うなと叱ってくれ。自分でも女々しくて笑ってしまう。ただ、なんというか、うまく言えないけれど、体を、大事にしてください。お前が平穏に暮らしていることが俺の幸福です。
紙が尽きてきたのでこのあたりで終わることにする。なんだか取り留めのないことを書いたな。読み終わったら燃やしてくれ。取っておくなよ。絶対だぞ。
実は明日から遠出をします。仕事でしばらく戻れない。この文のことは雷蔵に頼みました。うまくお前に渡してくれるだろう。読み返したら破り捨てたくなる気がするので読み返さずに封をします。
春になったら、訪ねていく。それまで元気で。
兵助、お前に会いたい。
草々
一月某日 八左ヱ門
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